瀬古利彦の嫁画像!息子が病気で現在は後身の育成に尽力中…マラソン界最強と呼ばれた男

1980年代にマラソン界最強と言われた瀬古利彦。国際大会10回の優勝を誇り、その実力は近年高速化が続くマラソン界でも十分に通用するものである。

そんな瀬古利彦は1984年のロサンゼルスオリンピックの後に、お見合いの末に結婚。当時の週刊誌に綺麗な嫁との初デートのツーショット画像をスクープされ、騒動を巻き起こしていた。
そして、現在では嫁と4人の息子たちに恵まれマラソン業界に従事し続けている。



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■目次

1.瀬戸利彦プロフィール
2.スクープされた綺麗な嫁画像
3.瀬戸利彦の息子

瀬戸利彦プロフィール

名前 瀬古利彦
国籍 日本
競技 陸上競技
種目 長距離走・マラソン
生年月日 1956年7月15日
出身地  三重県桑名市
身長 170cm 体重 62kg
出典:Wiki

スクープされた綺麗な嫁画像


出典:サンケイスポーツ


現在の嫁画像

この画像は1984年のロサンゼルスオリンピック後に瀬古利彦が、知人の紹介を通じて6回目のお見合いをしたのちの初デートの画像になる。
この女性が後に嫁となる当時25歳の渡辺美恵である。
渡辺美恵は幼稚園の先生として勤務しており、材木商で資産家の木場家の1人娘であることが報じられた。

しかし、このスクープと時を同じくして、瀬古利彦のコーチである中村清が瀬古利彦の結婚相手を公募すると発言していたためにも騒動に至ってしまった。ちなみに瀬古利彦には公募によって段ボール5箱分物お見合い写真が届けられたという。

こうしてコーチの意図しない形で嫁を探していたことが発覚していしまった瀬古利彦は、初めて親子同然の関係であったコーチの中村清と喧嘩したとのこと。
当然、当時の週刊誌もこの事態を騒ぎ立てようとしていたが、瀬古利彦が結婚と引き換えに引退しても良いという強い覚悟を持っていたためにも、画像が世に出回るのは婚約発表まで差し控えられた。

こうして、瀬古利彦は嫁と1984年11月6日に婚約発表を行ったが、以降は結婚をめぐり喧嘩したコーチの中村清は、嫁入り前の渡辺美恵を自宅に何度も呼びつけ、アスリートの嫁とは何たるかを食事から精神面に至るまで指導を行い続けたという。
そして、中村清は嫁に一通り教えを説き終わると自身の役目は終わった言い残し、結婚式を待たずして亡くなってしまったという。

こうして無事に結婚に至った瀬古利彦は、亡き中村清に教えを説いてもらった嫁の支えもあり、その後の国際大会でも記録を残し続けている。



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瀬戸利彦の息子

瀬古利彦には4人の息子たちがいる。
長男・昴(すばる)(28歳位)
次男・亜士武(あとむ)(27歳位)
三男・天哩(てんり)(24歳)
四年・聖醐(しょうご)(17歳位)

かつてマラソン界で活躍した瀬古利彦の息子たちであるが、陸上にかかわっていたのは三男の天哩のみとなっている。ちなみに東海大浦安高校時代に800mで高校総体に出場した経歴を持つ。

しかし、後に怪我に悩まされ陸上の道に進むことはなく、一般企業に就職しているという。

瀬古利彦の息子が病気

4人の息子のうち長男の昴はリンパ腫を患っている。
リンパ腫は血液のがんとされ、悪性のものしか存在せずにまた完治することもない。
それ故に今後の人生に常にリンパ腫の恐怖を感じ続けることになるが、現在では自由な生活を目指しているという。

奇しくもかつてマラソン界最強とよばれた瀬古利彦の血を継ぐ息子たちは、陸上競技から離れてしまったものの、現在でも瀬古利彦は陸上競技会にコーチという形でかかわり続け、後身の育成に力を入れている。
今後、かつての瀬古利彦のようなマラソン選手が、瀬古利彦の手によって排出されることがあるだろうか。



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