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マジックランナー マメができないシューズ!ものづくり日本の奇跡日の丸テクノロジー

9月3日に放送されるものづくり日本の奇跡日の丸テクノロジーにて、
マメができないシューズとしてマジックランナーが紹介されます。

当時はマメができて当たり前と考えられていたマラソン業界ですがそんな問題を解決し、
東京オリンピックでは国内外合わせ46個ものメダル獲得に貢献した技術を確立したのが、
㈱アシックス創業者の鬼塚喜八郎さん。

いったいどのようにして鬼塚喜八郎さんはマメができないシューズ、
マジックランナー開発に行き着いたのでしょうか。



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マジックランナー マメができないシューズ

「鬼塚さん、このマメが苦にならなくなってはじめて一流のマラソンランナーになれるんですよ」
「じゃ、マメのできないクツをつくったらどうだろう?」
「そりゃ、素晴らしいだろうな。でも、それは夢でしょうね」

これは鬼塚喜八郎さんと選手とのやり取りであり、
マメができないシューズマジックランナー開発はここから始まったのです。

この時から鬼塚喜八郎さんはマメができないシューズ作りに取り掛かり始めます。

まずはマメができる要因から研究を開始、
そしてマメができるメカニズムを衝撃と熱であると特定し
衝撃と熱がこもらないシューズ作りを開始したのです。

当初は自動車をヒントに水でシューズ内を冷やす方法で
熱を逃がすことを考案しますが失敗。

そして次に考案したのがバイクの空気によって熱を逃がす方法をシューズに取り入れ、
シューズ表面に針の穴ほどの小さな穴をあけシューズ内の通気性をよくしたのです。

するとこの大胆な発想が成功しマメができないシューズが誕生しました。

そして1959年にマメができないシューズマジックランナーとして発売し、
大きな話題となったのです。

それどころか東京オリンピックにも大きな影響を与えたことが、
ものづくり日本の奇跡日の丸テクノロジーで紹介されます。



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一番初めにマジックランナーが使われたのは1960年のローマオリンピックでのこと、
金・銀・銅の合計7つのメダルを獲得し、プロアスリートの注目を大きく浴びることになります。

そして次の1964年の東京オリンピック時には国内外合わせて46個ものメダル獲得に
マジックランナーは貢献したのです。

日本代表選手も東京オリンピックで円谷幸吉選手が、
1968年のメキシコオリンピックでは君原健二選手が着用し、
銅メダルと銀メダル獲得と日本の陸上の歴史にも大きく貢献しました。

当初はマメができないシューズとして考案したマジックランナーが、
オリンピックの歴史にも大きくかかわる革命を起こしたのです。

ものづくり日本の奇跡日の丸テクノロジーでは
そんなマジックランナーの現在に至るまでをご紹介するようです。

現在では世界のアスリートから求められる企業に成長した㈱アシックス
現在に至るまでにはオリンピックの歴史おも変えたものづくりがありました。



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