服部重次の経歴・ニカラグア殺人事件にて人生が崩れていった無実の会社経営者

11月5日に服部重次がすい臓がんのために都内の病院で亡くなった。服部重次ニカラグア殺人事件で、日本から1万㎞離れた中米の国、ニカラグアで言葉も通じずに12年間にわたり獄中生活を強いられた経歴を持つ。現在はニカラグアの最高裁に再審請求中であった。

ニカラグアは日本と違い司法機関が確立されておらずに、事件の捜査や法廷審議についても不透明な部分が多い。獄中生活もまともな食事が支給されることもなく、栄養失調になる受刑者はおろか、食事自体が腐りかけて食べられないこともあるほどの環境だ。

そんなニカラグアでなぜ服部重次は12年間も獄中生活を強いられることになったのであろうか。



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服部重次ニカラグア殺人の経歴

服部重次は日本では海産物の輸入商社と飲食店を経営しており、事業拡大のために海外に工場建設を予定していた。そこで海外工場建設にふさわしい土地のリサーチを委託し、選定された国がニカラグアだったのだ。そこで、服部重次は工場建設地に選定されたニカラグアの工場建設予定地がどのような場所か視察に訪れることにした。

一度はニカラグア入りしたものの、仕事の都合上一時的に日本に帰国することとなり、再びニカラグア入りを果たす。そして、ニカラグアを工場建設予定地に選定した委託人とともに建設予定地に向かうのであった。

工場が建設予定の土地は海産物工場ということでもちろん海沿いの場所だった。そんな工場建設地の全貌を眺めたいと服部重次は委託人とともに工場建設地を見渡せる丘を上ることにするのだ。丘は道などが整備されておらずに未開のジャンブル同然であった。

そんな道を進み丘の上にたどり着き、服部重次は工場建設地の写真を撮影し、丘を委託人とともに後にする。しかし、途中で服部重次は撮影したフィルムを破損させてしまい、再度委託人とともに丘を登ることにした。そして、再度委託人とともに丘を登り、撮影を終えたときに委託人がいなくなっていることに気づいたのだ。

委託人が行方不明になった状況を理解し、服部重次は丘を降りたところにある別工場のニカラグア人に説明する。しかし、入国したての国ゆえに言葉もろくに通じずに行方不明の全容を話せずにいた。そんな中、工場で勤務する別のニカラグア人が海岸で委託人の亡骸を発見する。

こうしてニカラグア警察に服部重次は身柄を確保され、ニカラグア殺人事件の犯人として12年もの罪を背負わされた経歴があるのだ。



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服部重次の訴え

服部重次はその後、ニカラグア警察にまともな調査もされずに犯人扱いされ続け、12年間も刑務所に入れられ、法廷の場でもまともに取り合われることもなかった。無実を訴え続けるもその甲斐もむなしく、言葉も通じないために相手にもされずに、後に日本大使館や日本在住の家族の手により、無実の証拠を集めるもことごとく無視され続け結果ニカラグア殺人事件の犯人として刑務所生活を余儀なくされ続けた。

そして、12年後に日本に帰国することとなった服部重次だが、ニカラグア殺人事件の犯人としての罪が消えることはなかった。服部重次は無実なのにもかかわらずに、ニカラグアの有罪判決ゆえに自身の家族たちが、犯罪者扱いされるのは耐えられずに、帰国後にニカラグア最高裁に再審請求中であった。

だが、ニカラグアは再申請求を退け続け、服部重次の罪が消える子がないままに亡くなられたのだ。会社社長が自社工場建設予定地を視察に訪れた際に襲った悲劇により、人生を狂わされた服部重次。数奇な経歴をたどり、その罪も消えることなく、ニカラグア殺人事件の犯人としてこの世を去ることになってしまった。



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